「美味いもん食べようツアー」in 鮨処さくら 2010.02.07

テーマ:お寿司 - ジャンル:グルメ
郵便局時代のお友達、スギモトさんとウネモト君と久しぶりに遊ぶ。今回集ったのは去年からスギモトさんと開催している「美味いもん食べようツアー」の第二弾という名目。第一弾の去年は兵庫・赤穂温泉「潮彩きらら祥吉」で牡蠣三昧を楽しんだのだが、今回は私が日本で一番美味いと思っている京都・亀岡の「鮨処さくら」でフグをたらふく頂くことに。

抜群のフグをてっぴ・てっさ・てっちりと平らげながら、熱燗を「これでもか」というくらい三人で飲み上げる。ぷりっぷりのフグはやっぱりたまらない。日本人で良かった〜と思う一時。くだらない話をしながら美味いものを喰う。この時ほど幸せを感じる時はない。
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絶品のフグ雑炊を平らげた後だったのだが、座敷から私の大好きな白木のカウンターに席を移動させて貰い、抜群の鮨をつまむ。鮨屋のカウンターに座ったことがないというウネモト君はちょっと緊張気味。しかし一口鮨を食べると「こんな美味い鮨喰ったことない!」と感動している。その様子を見て私もまんざらではない。今回の企画をこの店で開催して良かったと心から思う。美味いものは人間を感動させる力を持っている。そしてこの店は鮨が抜群に美味いだけじゃなく、大将にいろいろと勉強になる話が聞けるところも私が好きなところだ。この夜も大将から客商売の要諦についてありがたいお話を聞く。二人とも夢中になって聞いている。

相当に酒を飲んだのでお支払が結構怖かったのだが、そこは大将、「これ以上は頂けません」と男気を見せてくれる。ますますこの店に惚れこんでしまう。

店の外に出ると、一面の銀世界。しんしんと雪が降り積もっている。フグと酒であったまった体にはまたこれも絶景である。歩いて2分、玄耕庵になだれ込み、また酒を飲む。35歳の私、33歳のスギモトさん、24歳のウネモト君、話のネタは尽きない。いい友達に恵まれて、私は幸せである。また来年、「美味いもん食べようツアー」で語り合いましょう。

さて、そろそろ寝ましょうかとなった午前0時過ぎ、庵のインターホンがなる。「こんな時分に一体誰だ?」と思うと、ドロドロに酔い潰れた愚弟。電車の中で吐くほど飲んできたらしい。ひとしきり介抱してやって寝かせる。初めてホームヘルパーの資格が生かされたと思った(笑)。

初デート 2010.01.31

三条京阪土下座前で待ち合わせ。麗しの君はクリムゾン・レッドのロングコートを纏って、三条通を北から渡って来た。たくさんの人がこの交差点で待ち合わせをしている土曜日の夜だったが、私はすぐに君を見つけることが出来た。君が放つ華やかでたおやかなオーラは多くの群衆の中でも群を抜いていて、私は君と待ち合わせをしている当の本人だという事実に、眩暈がするほどの陶酔を覚えた。こんなにも素敵な人と待ち合わせをすることが出来るラッキーな男なんて、この地球上でもそうそういるものではないだろう。

この日のために予約しておいた創作和食の店「眺庵」、石庭が臨める個室の座敷に通された私達、床の間には季節の花が飾られ、東向きに大きく取られた硝子越しには、東山から上ってくる大きな満月が。「世界には足すものも引くものもない。あるがままですべての事物は満たされている」という当たり前のことを、満月は私に向かって語りかけてくれる。

君と酌み交わす初めての酒は「醸し人九平次」。この軽くて綺麗でそれでいて豊かな滋味を内包した酒は、まさに目の前にいる君にピッタリの酒だとグラスの中の酒を飲み干しながら思う。綺麗な酒、綺麗な君、綺麗な満月、・・・この一瞬間で、足りないものなんてなにもない。初めての夜勤明けで疲労の極致に達していた心と体が、緩やかに流れる鴨川の流れに溶けるようにして、徐々に力を取り戻してくるのがわかる。君の笑顔と笑い声が私にとっての特効薬であることを、あらためて確認する。

タクシーに乗り込み向かうは、君の戦場「VIVI」。月末の土曜日は多くの酔った男達が一時の癒しを求めて、この新橋通にある店にやってくる。若いホステス達はみんな元気で、私も彼女達の険のない笑い声を聞きながら、バランタインの水割りを啜る。この店の真っ赤なスツールに腰掛けて琥珀色の酒を飲むと、心の中のざらついた部分がなめらかになってゆくような気がして、自然と若い女の子達相手に軽口を叩けるようになってくる。このころになると、もう仕事で傷ついた自尊心や粘着性のあるヘドロのように体に纏わり付いた憂さは、地球の裏側に置き忘れてきたような気分になってくる。

麗しの君とこの店では珍しくワインなんぞ飲みながら、今後の予定について考える。一体君は私にいつまで飽きないでいてくれるだろう。三つ年上の君は、やはり私にとってはとても手強い相手にかわりなく、手強いがゆえに、強烈に惹かれていることも事実。いつか二人で天気のいい昼下がりに、青々とした芝生に寝転びながらワインでも飲んでみたいなとも思うのだけれど。

とりあえず、初めてのデートは満月のおかげもあって最高なものになった。ますます君に惹かれ始めている私を見て、何処かにいるはずの恋の女神は苦笑しているかもしれない。

やっと女神に逢えた夜に 2010.01.19

テーマ:大切な人。 - ジャンル:恋愛
突然の一目惚れから三ヶ月、やっと憧れの女性と言葉を交わすことが出来た。
いつもの真っ赤なスツールに腰掛け、マイ・ボトルのバランタインの12年をロックで頂く。
憧れの君は遠目で見ていた時よりも一段と綺麗で、そしてよく笑った。
その笑顔は何処までも柔らかでたおやかで、私のつまらない心のコリや鬱積していた愚痴っぽい心情を、何処までも解いてとろけさせてくれ、私は甘美な陶酔の海に酔い痴れた。

惚れていないと言えば嘘になるが、惚れているという言葉だけでは足りない、何かスペシャルなものが私の小さい心に浸透していった夜。
これを恋というのならば、そうなのかもしれない。しかしただ「恋」という言葉だけでは片付けられない何かも感じている。

昔の人は上手いことを言った。「ご縁のものですから」。縁という言葉が、しみじみとした重みを持って感じる年齢にもなってきていることは確か。
今回のご縁が今後どうなってゆくのかは知る由もないが、大事に大事にしたい女性でありご縁であることも確か。

人生は、いつかは終わる。それまでにどれだけ美しいものに触れることが出来るか。どれだけ心の底から笑うことが出来るか。臨終間際の人間相手に商売しながら、そんなことを思う。

芳果さん、間違いなく、私の人生の一ページを彩ってくれる女性だと思う。

今年は年男。やれるだけのことには挑戦してみようと決めた年。芳果さんに対しても、厭味にならない程度でアグレッシブに接したいと思っている。神の御加護があらんことを。
ガンバロ。

第一週終了 2010.01.13

テーマ:どん底からの再起 - ジャンル:ビジネス
今日でやっと新しい仕事に七回行けた。今日も世界に、命に、酒に感謝。

毎日、毎朝、毎時間、後悔と逡巡と奮起の堂々巡りだが、オムツを交換する手だけは早くなってきたかもしれない。便の臭いも全然気にならなくなってきた。生仏様達の様子も少しは分かりかけてきてはいるが、それを理解することに取り立てて喜びを感じるわけでもない。

疲れ果てて、エンドレスなオムツ交換という今日の業務が終わる。自分で自分を褒めてやらなければ、誰も褒めてなぞくれない。ましてや同僚のオバチャン達など。ちなみにまだオバチャン達と軽口を叩けるような間柄ではない。多分それはこれからもずっとそうだと思う。職場は完全に女の世界。そこにひょっこり迷い込んでしまった私のほうが悪いのだ。

庵に帰り着いて、痛い痛い背中と腰をかばいながら、熱燗なんぞを飲み、シメサバなんかを突きながら「今日も一日よくやった」とひとりごちる。ほっこりと煙草に火を点けて、安ウィスキーを舐めながら、傍らにはブルーズ。ブルーズがないと、もう1ミリも生きていけない気がする夜。ほとほとに疲れている時は、安酒と音質の悪いブルーズが一番良く効く。おまけに睡眠薬を4つも5つも飲むのだから、おやすみの態勢は万全だ。悪い夢を見なければいいのだけれど。明日の朝もう目を覚まさなくてもいいのだけれど。

「絶望力」という言葉を思い付いた。俺がどれだけ世界に対して絶望しているか。今の仕事はその絶望の具合がどの程度のものかテストされているのだ、と考えることにした。俺の世界に対する絶望が深ければ深いほど、仕事に傾注できるはずである。だって他にロクな仕事がないし、理念がないし、モラルがないし、熱情がないし、繊細さがないし、だからこそエンドレスなオムツ交換なんてことをしているのだから。

とりあえず、一日の仕事を終え、狭くて汚いロッカー室で白衣からジャージに着替えて、その後は俺の自由時間だ。その自由時間をつないでつないで、本当は希望を探したいのだけれど・・・そこらへんにコロッと転がってないかなぁ・・・。

今宵のYouTubeは、先日1/10に行った「都雅都雅」でのRYUICHI"VOODOOBOY"JOHNSONさんのライブの模様を。う〜ん、スタイリッシュな出で立ちで、泥いブルーズ演るのが格好いいんだなぁ。上手過ぎないところがまたツボにくる。しかし声はほんとイイ声!惚れます。変な日本人です。


お年始回り第一弾終了 2010.01.11

テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ
7日の休日、庵で七草粥を食べた後、高倉御池の「亀甲屋」へ。しこたま美味い酒を飲み、絶品のおばんざいに舌鼓を打つ。ダイニングチーフのワダさんがサービスで一品つけてくれたり、会計を頼むと女将さんがデザートをサービスで持ってきてくれたり、だいぶこの店でも常連客として扱われ出してきたなぁと気分よく店を出る。
続けてシガーバー「グランバール」へ。ウィスキーはニッカの「余市」をオーダーし、それに合った葉巻をチョイスして貰う。久しぶりに「余市」を飲んだが、やっぱり美味い。葉巻も抜群に美味く、つい酒をおかわりしてしまう。

9日、仕事が終わった後に祇園「VIVI」へ。介護の仕事の先輩であるマミちゃんに色々と仕事の話を聞いて貰い、ストレスを存分に発散する。やっぱり仕事の内容が分かって話を聞いてくれる人がいると、随分と心強い。これからも色々相談に乗って貰おう。
その後「ラーメンが食べたいな」と三回目になるラーメンとおばんざいの店「あつ子」へ。三連休で京都に旅行に来ている親子三人連れと意気投合し、熱燗を三合飲み干す。あつ子さんがおせち料理を取り分けてくれる。今年はおせちを食べなかったので、嬉しかった。マメに働けるように、丹波の黒豆をたくさん頂く。

10日の休日、愚弟とおばあちゃんの家にお年始の挨拶に行き、墓参りを済ませた後京都へ。愚弟は高校時代の親友と飲むというので、私は木屋町の長浜ラーメン「みよし」で替え玉もして食べた後、行ったことのなかったテナントビルの「ミーナ京都」と「コトクロス」を探索し、19時前にライブハウス「都雅都雅」へ。ジョンソンさんの復活ライブを聴くために行ったのだが、凄い数のお客さんで席を確保するのがやっと。そこで愚弟達と合流したのだが、久しぶりに聴くジョンソンさんの演奏はやっぱり相変わらず微妙だった。そして最後の曲が中森明菜の「難破船」(笑)。これを活動休止中の半年間に練習していたのか、と一人ウケた。
ジョンソンさんの出番が終わったらそそくさとライブハウスを出、祇園へ。連日の「VIVI」。無理を言ってボトルを半額にして貰い、愚弟と久しぶりに一緒に酒を飲む。私の気に入りのショーコちゃんがついてくれ楽しく飲む。そしてついに憧れのマネージャーのヨシミさんのメルアドもゲットし、気分上々。私は23時に店を出たが、愚弟達は残ってカラオケを楽しんでいた。

まだ先斗町の「スターダストクラブ」と「ペーパームーン」に行けていないし、後は七条通界隈に顔を出さないといけないが、やっぱり仕事を始めるとそうそうフットワーク軽くも動けない。まあ来週には「はな串」と「じじばばDOS」には行きたいと思っている。

やっぱり京都は楽しいのである。今日のBGMは憂歌団で『気分上々』。

Many Rivers To Cross 2010.01.07

テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽

生仏様45体 2010.01.06

テーマ:生きる - ジャンル:ライフ
今年の干支は寅。私は三回目の年男である。

そんな正月明け、今週から一般病院のターミナルケア病棟のケアワーカーとして働き始めた。
三日勤務して、ウンコ・シッコの世話はなんとか慣れてきた。汚いのは汚いし、臭いのも臭いが、そうはいっても出るものはしかたがない。しかし今日の社食がカレーライスであったのはちょっと閉口したが。

病棟には45人の患者さんがいる。皆さんそれぞれ今までの人生があり、現時点ではこの病棟で生活されている方である。この病棟で生を終わられる方が多数なのかもしれないが。脳梗塞を患っている患者さんが多く、認知症患者のように徘徊されたりはしないので、ある意味介護しやすいともいえるかもしれないが、やっぱり一人一人個性も症状も違うので、大変な仕事であるとは思う。

意思の疎通が図れる患者さんは本当に数えるほどで、あとは皆さん寝たきり状態である。そんな皆さんのお顔をおしぼりで拭いて差し上げるのだが、その時は何故か心が休まる。仏様の御本尊を拭いて差し上げている気になる。亡くなった私のじいちゃんやばあちゃんに、せめて一度でもこんなことをしてあげることが出来たらよかったのになぁ、と後悔しながら、縁もゆかりもない患者の顔を拭いてゆくのである。

もちろん、飯を食わせたり、便の始末したり、風呂に入れて体擦ったり、正直汚い仕事ばかりだが、今まで35年間散々悪業を重ねて来たので、この程度は罪滅ぼしとして甘んじて受け入れなくてはいけないのかなあ、と観念もしている。

この仕事を続けていくのかはまだわからない。とりあえず、一日、一日、と思ってがんばるしかない。今の私にはそれしか出来ないから。

文末になりましたが、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

CHRISTMAS TIME IN BLUE−聖なる夜に口笛吹いて/佐野元春 2009.12.24

テーマ:☆クリスマス・ソング☆ - ジャンル:音楽

雪のメリークリスマスタイム
揺れる街のキャンドルライト
道ゆく人の波に流れるまま
Christmas Time In Blue

街の Little Twinkle Star
夢に飾られているけれど
かまわないさ このままで
歩き続けよう
Christmas Time In Blue

街の輝きは
やがて にじんでゆく
時の流れのままに
約束さ Mr.サンタクロース
僕はあきらめない
聖なる夜に
口笛吹いて

街の Little Twinkle Star
揺れる胸のキャンドルライト
いつの日も君は
輝きもそのままに
Christmas Time In Blue

愛している人も 愛されている人も
泣いている人も 笑っている君も
平和な街も 闘っている街も
メリー・メリー・クリスマス
Tonight's gonna be alright

大切な人も 離れてゆく人も
よく働く人も 働かない人も
うまくやれる人も しくじっている人も
メリー・メリー・クリスマス
Tonight's gonna be alright

お金のない人も ありあまっている人も
古い人達も 新しい人達も
教えてる人も 教えられてる人も
メリー・メリー・クリスマス
Tonight's gonna be alright

世界中のチルドレン
Ring - a - ring - a - roses !
憂うつな時も ひとりぼっちの時も
平和な街で 闘ってる街で
Ring - a - ring - a - roses !
Tonight's gonna be alright

Sha la la la la la
Tonight's gonna be alright
Tonight's gonna be alright ...

子供に癒される&憧れのお玉おばさん 2009.12.14

テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ
土曜日、サッカー天皇杯の準々決勝ベガルタ仙台対川崎フロンターレの死闘をテレビ観戦した後、久しぶりに電車に乗る。1年4ヶ月ぶりに大学時代の親友シンタローと会うことになっている。シンタローが私の就職が決まったことをお祝いしてくれるという。ありがたいことである。

手土産に京都駅の伊勢丹でロールケーキを1本買って大阪駅へ。ケーキを買って何処かへ訪問することなど滅多にないので、なんとなく華やかな気分になる。ケーキを買ってゆく先がある私は幸せ者なのだと思う。梅田から地下鉄を2本乗り継いで2度目となるシンタロー宅訪問。前回訪れた時は長男のナオタローが生後2ヶ月くらいだったと思うのだが、また今年の9月に一匹生まれていて、1LDKのマンションで家族4人で暮らしている。ナオタローは1歳半で大きくなっていたが、二男のユウジローはまだ3ヶ月。関西に身寄りのないシンタロー夫婦は、小さい子供を二人も抱えて、特に奥さんのサッチャンは大変そうで「片時も子供から目を離せる時がない」と言っているのであるが、「3人目は女の子が欲しい」ともう3人目のことを考えているようなのである。いやあ女性はたくましい。

ナオタローも最初は人見知りしていたが、すぐに懐いてくれ素敵な笑顔を連発してくれる。やっぱり子供はかわいい。子供の笑顔を見ているだけで本当に癒される。ナオタローとのツーショットを1枚パチリ。
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お刺身でビールをやりながら、シンタローが作ってくれる鍋をつつく。至福の時である。柚子胡椒というものを初めて使ってみたが、大層美味しかった。こうやって、家で食事をしながら子供達の成長に目を細める、というのが、やっぱり人間に与えられた幸福のかたちの一番いいところなのではないかと思う。私も早く家族が欲しい。こういうあったかい、人としてまっとうなかたちで日々を送ってみたい。
ベビーベッドで寝ているユウジローも1枚パチリ。本当にかわいい子である。思わずキスをしたくなる。「子供は天使だ」という言葉が、実感としてよくわかる。
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食事を終え、シンタローと2人で夜の街へ。場所を変えてゆっくり飲もうということに。学生時代は本当によく飲んだシンタローだったが、今はそんなに飲むこともないらしくビールだけで顔が真っ赤になっている。それにヘビースモーカーだったヤツがほとんど煙草を吸わなくもなっていた。子供が出来るとそこまで変われるのか、とちょっと驚きもするが、年のせいもあるかもしれない。初めて会った時は18歳だったシンタローも今は33歳である。

飲みながら話すのは、今回は私の就職祝いだったというせいもあるのかもしれないが、昔のことよりも仕事のことである。シンタローは社会福祉士で、大阪市の職員として生活保護関係の仕事をしている。音楽と建築が大好きで、なによりアーティスティックな雰囲気が好きだったシンタローがそんな地味な仕事に就いた時はビックリしたものだが、もう7年くらい勤めているのではないか。仕事に就いた動機は「このままだと自分は福祉を受ける側の人間になってしまう。だから福祉を供給する側に回ろうと思った」ということであった。現場の話を聞くとやっぱりビックリすることが多い。特に「生活保護の本場」とも言える大阪市、その苦労は並々ならぬものがあると思う。

2軒目に寄った店で赤ワインを1本空け、またいろんなことを話す。昔はそんなに話すヤツではなかったが、オトナになると話したいことも増えるのだろうか、私にとっては嬉しいヤツの変化である。

マンションに帰って、ベランダでまたビールを飲みながら話す。私が「明日神戸で湯浅誠氏の講演会があるけど行ってみないか?」と誘うと、「あんまりあの人好きじゃない」と言われて断られる。たしかに湯浅氏の活動などは、行政側の人間にとってはうるさいものかもしれない。私もちょっとデリカシーがなかったかな。

日曜日、びっくりするほど美味しい朝飯を頂いてシンタロー宅を辞去。こんな朝飯が毎日頂けたら仕事も頑張れるんだろうなぁ、ああ結婚したい。
シンタローに調べて貰った乗換案内を頼りに、神戸市北区のすずらんホールへ向かう。今回の湯浅氏の講演会は神戸市北区の「憲法9条の会」が主催していて、私は政治ブログで著名な「お玉おばさんでもわかる政治のお話」で知った。湯浅氏を生で見られることも大きかったが、お玉さんに会ってみたいというのも今回参加を決めた大きな動機だった。しかし大阪から西へ滅多に行かない私にとって、神戸は未開の地。ちょっとした旅気分を満喫した。神戸も広いのである。
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湯浅氏の講演は大変わかりやすく、やっぱり頭のいい人だなぁと思ったが、日本の貧困層が抱えている構造的な問題を指摘され、気分が重くなったのもまた事実であった。私は貧困問題の真っ只中にいる。貧困問題は私の問題である。正直憲法9条を守るよりも貧困問題の解決のほうが重要であると思っている。貧困問題を解決する以外に日本に希望はない。しかし湯浅氏のような人が政府の中に入ってくれて、大変だとは思うが、事態が少しでも改善することを願っている。最後に湯浅氏は言った。「運動し続けることが大事なんです」と。すぐ短気を起こして嫌になってしまう私のような人間ではダメだ。もっともっと人格を練らなければならないと思った。
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講演会終了後、なけなしの1000円をカンパするためにお玉さんに近づく。どう自己紹介したらいいのかわからず、思わず最初本名を言ってしまう(笑)。ネットで知り合った人とリアルで会うのは「T.N.君の日記」のT.N.君以来2人目なので、作法がよくわからないのだ。おまけにこっちはもう完全に政治ブログ的なものから離れている人間だし、「運動を辞めた」人間が、いまだ旺盛に活動を続けられているお玉さんに対して気後れのようなものも感じ、「お玉さんに会ってみよう」と決めてはいたものの、モジモジとした気分もあった。そんな部外者の私にお玉さんは「打ち上げやるからおいでよ」と声をかけてくださり、一も二もなく参加することにした。

打ち上げには30数名の方が参加されており、各地区の「9条の会」のお歴々がおられた。活動の実際の話を面白く聞くことが出来た。みなさん実年齢以上に若く見える方が多く、「何かに邁進している人はやっぱり若くあれるのか」と思ったりした。
そうそうお玉さんの印象はと言えば、「全然おばさんなんかじゃない!笑顔が素敵なとてもチャーミングな方だ」ということだった。もう少しだけ年齢が私と近かったら、確実に口説いていたに違いない。こういう方がリアルでもネットでも精力的に活動されていることに、やっぱり勇気を頂いた。仕事は決まったものの、実際リアルでもブログでも行き詰まりを感じている私は、心の何処かで「お玉さんに会うことによって何かの起爆剤というか、新たな視点を得ることが出来たら」と期待していたに違いない。お玉さんはその期待以上のパーソナリティを持った方だった。

続けてカラオケにまで呼んで頂き、「お金がない」と正直に告白するとカラオケをご馳走して頂き、大変恐縮もしたが楽しい時間を過ごさせて頂くことが出来た。初めて訪れた土地で電車の時間が不安だったので渋々中座させて頂いたが、大変有意義な時間であった。またお会いすることがあれば今度は是非ご馳走させて頂きたいものだ。

この週末は、行政側からの社会保障と、庶民の側からの社会保障という、ひとつのテーマを2つの視点から考えることの出来るいい週末だった。それに子供の無垢な笑顔に癒された。この子供の笑顔に報いるために、オトナが何をしなければならないか、そういうことをまた考え始めなければならないのだと思った。そうはいっても肩肘張らず、自分のスタイルでコツコツとやっていこう。シンタロー、お玉さん、どうもありがとうございました。

ご無沙汰 2009.12.10

テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ
一週間のご無沙汰。一週間もブログを書かないと、書き方を忘れそうだ。

何もない一週間なわけだったわけではなく、土曜日はJリーグの最終節をテレビ観戦し、日曜日は「じじばばDOS」の忘年会に参加し、月曜日にはひと月ぶりに「亀甲屋」へも行った。しかし火曜日からは庵でじっとしている。カネがないので動けないのだ。スーパーでその日に喰うものだけを調達して、延々と時が過ぎるのを待っている。待っているからといって、何があるわけでもない。今年が終わればいよいよ嫌な嫌な仕事が待っている。この最後の自由な時間をなんとか有意義に過ごしたいとは思いながら、読書も進まず、灰皿に吸殻だけが増える、いや私の体重も増える。

書くことが思いつかない。そんな時もある。これが商売だとそうはいかない。「書けない」などと言っていたらオマンマの喰い上げである。

日曜日に放送しているNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』を楽しみに見ている。本のほうは途中で挫折してしまったので、せめてドラマくらいは通して見たいと思っている。ま、愛媛県人としては通読しておくのが最低限の嗜みなんだろうけどなぁ・・・もう一回挑戦するかなぁ・・・しないだろうなぁ・・・。あぁ、道後温泉に行きたい。


「生活と芸術と革命」(2009.02.08)

睡眠薬を飲んでも眠れない夜、また昔語りをしてしまうかもしれない。

映画を創る、ということは世界を再定義することだと思う。劇場から出てくると、いつもの見知った景色がどういうわけか違ったものに見えることがよくある。それは映画によって新たな視点を付与されたことによるものだろう。鑑賞後、世界の成り立ちに違和感を覚えたり、足元がフワフワする感覚に陥ったりするのは、いい映画の証拠のようなものだろう。

心がまだナニモノにもなれるほど柔軟だった頃、そんな新たな世界観を提供してくれる映画とたくさん出会った。
けれどそのうち映画を必要としなくなった。何故だろう。世界なんてどれほどのものでもないさと、タカをくくってしまったからだろうか。そしてつまらない日常がのべつまくなしに続くことになってしまった。日常を見る眼も映画から借りてこなければ、ろくなものが見えやしなかった。

生活。生活と芸術。カネとユメ。
生活の埃にどっぷり頭まで浸かってしまうと、ちょっとやそっとでは芸術を指向するようにはならない。芸術の良さは、生活をあらためて照らし直してくれることなのだけれど、それを必要としない人間もたくさんいる。世界を再定義なぞされると、ルーティンに支障をきたすからだ。既得権益にメスを入れられることになるからだ。

実は芸術には世界を大きく変えることの出来る力がある。世界をよりよくする可能性を秘めている。しかし芸術に面突き合わすには、それなりのパワーが必要だ。ボケーッとしていたのでは、芸術からのメッセージを見逃すことになる。

取るに足らないようなことかもしれないが、こんな小さな事を個人個人がこつこつとやって、一人一人が個人的生活を革命していく以外に、今の閉塞状況や経済的苦境を脱する道はないのかもしれない。

みながアーティストになればいいのだ。そして自分が生きて存在しているだけで芸術足りうると自覚して、その生を力いっぱい謳歌するのだ。それがこの私達を取り巻く世界を、もっと彩りに満ちたものにしてくれるに違いない。

午前四時、とりとめのないことを書くにはいい時間だ。また全く無内容な駄文を綴ってしまった。効かない睡眠薬が悪いのだ。

無理 2009.12.04

テーマ:購入/売却書籍 - ジャンル:本・雑誌
昨日は来年からの勤務先になる病院で、健康診断を受けた。レントゲンの画像で「肺が汚い」と言われ、「念のために」と言ってCTスキャンまで撮らされた。たかだか手取り15万円の糞尿処理の仕事に就くのに、「煙草をやめろ」と脅されたわけだ。胸糞が悪い。検診料とCTスキャン料で7200円も支払わされた。体の良いボッタクリである。帰り際に看護部長と顔合わせをしたが、なんとも気の強そうなオバハンで、「こいつが上司になるのか」と、胸が寒くなった。

気分が悪いので、気になっていた奥田英朗の『無理』を購入。奥田作品は『最悪』『邪魔』『サウスバウンド』と読んだが、こういう風に小説を書いてみたいと思わせる作風で、好きな作家だ。最新作『無理』の舞台は東北の人口12万の架空の都市「ゆめの」。ケースワーカー、女子高生、悪徳セールスマン、万引き監視員、市会議員の5人の物語がそれぞれ展開していく。未来のない、格差社会の負け犬としての地方都市があますところなく描写され、読む者も欝屈とした気分を味わいながら、しかし自分の周りの現実が、この小説世界と寸分違わぬことに気付き絶句する。本当にこの国には希望がない。
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Jリーグも大詰めを迎えて盛り上がっているが、サッカーにでもうつつを抜かさないと、正直やっていけない。しかし昔の同僚が言った言葉が頭をよぎる。「サッカーの強い国は滅びる」。この国もそろそろ滅び時なのかもしれないな。

満月 2009.12.02

テーマ:スピリチュアルワールド - ジャンル:
今夜は今年最後の満月らしい。雲ひとつない晴れ渡った夜空にぽっかりと満月。その月明かりを一身に浴びながら、夕食後の散歩。月明かりに照らされた街は、クリスマスのイルミネーションと相俟ってなんとなし幻想的な風情である。歩く足がスキップになる。心が浮き立つ。しかしさすがに12月、夜ともなると風が冷たい。
今年も満月には様々な想いを託してきた。全然うまくいかない恋や、少しもおもしろくない仕事、そんなものを全部満月に預けて、だましだまし日を暮らしてきた。

来年もだましだまし暮らしていくのだろうが、そんな夜に月光はとびきりの癒しになる。「来年もひとつよろしく頼むよ」とまんまるな月に語りかける。月は何も言わない。黙って私を照らしている。月は何も言わない。ただ胸がじんわり満たされる。世界中の命に幸あれ。そう思わせてくれるのは、今夜の月もとっても素敵だったから。あの娘と一緒に見上げたい気もするけれど、一人見上げる満月もまたいいものだ。

師走の嵯峨野散策 2009.12.01

テーマ:暮らす京都 - ジャンル:地域情報
よく晴れた一日、カメラ片手に嵯峨野をゆっくりと散策する。
私気に入りの紅葉の名所、常寂光寺はもう盛りが過ぎて冬景色になっており残念。やはり訪れるのが少し遅すぎたか。道々の紅葉をカメラに収めながら歩く。
落柿舎には初めて訪れたが、いい庵であった。閑静な嵯峨野にこんな素敵な庵を持って、去来は幸せな人だなあと思った。
続けて厭離庵へ。此処も名前だけは知っていたが、訪れるのは初めて。しかし凄い庵号をつけたものである。此処の紅葉は燃えるように赤かった。
清涼寺の境内を通る。此処は大きくて立派な寺である。広い境内は胸がすうとする。
夕飯に丹波牛の牛丼と湯豆腐、それに熱燗をやっていい気持ち。よい晩秋の一日が暮れた。

写真は70枚ほど撮ったがどれもいい出来で、選別するのが面倒になったので、アップすること能わず。また気が向けばアップするかもしれない。
それよりもなによりも、綺麗な紅葉をあれほど堪能したにも関わらず、一句たりとも出来ず。俳人失格である。

いつ落ちる柿の真下で句をひねる    (素楽)

京嵯峨野苔むす庭に紅葉散り    (素楽)

散る紅葉散らぬ紅葉も夢うつつ    (素楽)

竹の青紅葉の赤に空に月    (素楽)

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辺見庸『自分自身への審問』より 2009.11.26

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
人は思想を愛するのではなく、自他の体や内面を裏切らない心ばえをこそ安んじて愛し、自らの体内にもいつかそれが静かに芽生えてはこないかと待ちつづけるのではないでしょうか。

内定祝賀会、かな? 2009.11.26

内定通知のメールを方々に送っていたら、民孝さんから電話があった。祝ってくれるというので、京都駅まで出向く。

新町七条は「はな串」。スタッフのレンさんに「亀岡のニートが来るって聞いて、すぐ素楽さんだとわかりました」と先制パンチを受け、いつも愛しの美形の店長には「また太らはりました?」と二次攻撃を受ける。今日は気分がいいので、串かつをいくらか頼む。

場所を我がホームグラウンド、リド飲食街は「じじばばDOS」に移して飲む。マスターのシンゴにも内定の報告。「よかったなぁ」と言ってくれる。しみじみとワインが美味い。

まだ就職に関しては、相当に不安があるが、とりあえずの一区切りをつけないと、先へ進めないから、しみじみとワインを頂く。

京都駅へ向かう夜道、半分に欠けた月が西の空に上がっている。この月は何度見上げた月か知らないが、今夜も優しく私を照らしてくれる。
「この月明かりがあるかぎりは、前を向いて進んでいこう」そう意を新たにした夜であった。

内定を白きワインで溶かす夜    (素楽)

内定いただきました 2009.11.26

テーマ:暮らす京都 - ジャンル:地域情報
一昨日面接を受けた病院から電話があり、正社員の看護助手として内定を出すという。面接を受けた直後からウンウンと考え悩み続けたのだが、35歳、今から新しい世界に正社員として飛び込むには最後の機会かもしれないと思い、「ええい、ままよ」と受けることにした。働きだしてどういう感慨を持つか知らないが、とりあえず前を向いて行くしかない。

昨日は介護学校の同期生のムラタさんと、高雄に紅葉見物に行った。神護寺に参るのは学生時代以来だったが、山道がかなりしんどかった。汗みずくになる。運動不足。紅葉はもうあらかた終わってしまっており、少し残念であった。司馬遼太郎の『空海の風景』をこの夏読了したので、二度目の神護寺はもっと感慨深いかと思ったが、そうでもなかった。信心が失われている最近ではある。
夜は祇園の「VIVI」へ行き楽しい一時を過ごした。ムラタさんがチアキのことを気に入って、私の女を見る目もまんざらじゃないなと得意になった。
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ブログ五周年 2009.11.23

テーマ:更新情報 - ジャンル:ブログ
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今日でブログを始めて五周年である。勤労感謝の日にブログを始めるという不埒な事をしたのが、もう五年も前なのである。

この間に体重は20kg増減し、大津〜新居浜〜亀岡と二度引越しをし、仕事を二つ辞め、精神科のクリニックを三つ転院し、いまだに双極性障害に悩まされ、無駄に五つ年を取った。

この五年間を一言で言い表すとするならば、『最悪』である。こんな三十代前半を送るとは、夢にも思っていなかった。病気は二年ほどで良くなり、またバリバリ働けるものと思っていた。

しかし環境要因も悪くなる一方で、私個人の力だけではいかんともしがたい社会状況にあり、いまだに浮上することが出来ない。一体全体、何処まで続くぬかるみぞ。

この五年間は、小泉〜安倍〜福田〜麻生〜鳩山と続く政権だが、自公政権時代は本当に悲惨だった。思い出したくもない。現在の鳩山政権も私はあまり評価していない。特に「事業仕分け」なぞというものは受け入れがたい。人民裁判のようであり、ファショの臭いがプンプンする。対米従属路線も従来通り。「政権交代」がなっても、この根腐れた2009年の日本においては、どれほどの意味もなかったということだろう。

テレビは相変わらず質の悪い笑いしか提供出来ず、コマーシャルは「エコ、エコ」の大合唱で、貧困問題は真面目に論じられず、自殺者はいっかな減らない。

何処に希望を見出だせばいいのか。この五年で病んだ精神に貼付くようにして残っていた心もとない希望を、まるで全てこそげ落とすようにして日は過ぎ去り、寒々と残ったのは空疎なオバマの支持率とノーベル平和賞くらいのものである。いや、こんなものは希望とは言えない。オバマの支持率は急降下しているし、ノーベル賞も地に落ちたことを立証しただけだ。

不安の時代である。誰も先が見通せない中、借金の残高だけが刻々と増えてゆく。「希望は戦争」と言い切った同年代の論者がいるが、その誘惑に負けてしまいそうになるほど、今の世界には希望がない。

そんな中で、私はこれから介護ビジネスで飯を喰っていこうとしている。介護に希望なぞはありえない。日々、生きていくことの空しさと難しさに直面しながら、命を長らえさせなくてはならない。己の命を尊重出来ない者が、他者の命を尊重出来るのか疑問だが、それでもやらざるをえない。なんでこんなところにまで追い込まれたのか?天に唾したい気持ちだ。

五年、一口で言うのは簡単だが、一体私はこの駄文を五年も紡ぐのに、どれほどの時間と労力を費やしてきたのだろう。誰からも顧みられず、問わず語りに語ってきた文章は、結構な量になる。趣味の一環と言えば聞こえはいいが、ブログとは私にとって本当は、怨嗟の、呪詛の、腐臭漂う言葉のドブのようなものだ。そんなものを好んで読んでくれる奇特な人などいるわけもなく、私の溜息は時代の風に抗うことも出来ず、人知れず、ゴミ焼却場でメタンの青い炎をちろちろさせるのが関の山なのだ。

そうは言いながら、またこれからも駄文を綴ってしまうだろう。ブログを書くことは、もう私にとっては呼吸すると同じだ。生きているかぎり、ブログを書くだろう。何の役にも立たないが、役に立つばかりがいいことでもないだろうと、開き直って書いてゆく。

今後とも『玄耕庵日乗』、より一層の御愛顧を、よろしくお願い申し上げます。

介護学校打ち上げ食事会 2009.11.21

介護学校の教室のあったビルに12:30に待ち合わせる。集まったのは3人。36歳のムラタさんに23歳になったばかりのユラさんに35歳の私。奇しくも介護学校説明会に集まった3人だった。あれからもう2ヶ月半も経つ。

向かったのは蛸薬師麩屋町西入るの「テルヌーラ」。ピザやパスタ、ムール貝のワイン蒸し、ハモンセラーノ、自家製レバーパテ、豚バラ軟骨とガルバンゾを3人でシェアしながら食べる。私は生ビールを飲んだ後は延々と赤ワインを飲む。昼から飲む酒の美味いこと。
いろいろな話で盛り上がるが、やっぱりユラさんは笑顔がチャーミングな素直で素敵な方でファンになってしまう。是非卒論頑張って欲しいし、もし私でも相談に乗れることがあるのなら、なんでも相談して欲しい。ムラタさんは早速グループホームの面接に行ったらしく、そこの雰囲気の良さを語ってくれた。介護の仕事も悪いことばかりじゃないかもしれない。
写真はちょっと髭を伸ばしてみた私。火曜日に面接を控えているので、そろそろ剃り落とさないといけない。もうちょっとちゃんと伸ばしたかったんだけどなぁ。
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店を出て、「甘いモノ食べに行きましょうか」とあてなく河原町三条まで歩くものの名案浮かばず、と思っていたらムラタさんが「くずきり食べに行きませんか」と仰るので、ついていくことに。木屋町を南下して鴨川を渡り、着いたところは有名だという「京都祇園 鍵善良房」。店構えからして立派である。
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結構なお客さんが席が空くのを待っている。今日は平日のはずだったが。並んでまでしてモノを喰う習慣のない私は、くずきりを食べるために並んでいるこの人達が不思議だった。観光客も多いのだろうが、1杯900円もするくずきりを食べられるのは間違いなくセレブの部類に入るだろう。
出てきた容器にまた驚いた。大きな信玄弁当の器にくずきりと蜜が入っていて、その大きさにちょっと圧倒された。
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デザートを食べているというよりも、なにか懐石料理の一品を食べているような感じがした。こういう甘味処もあるのであるなぁ。カルチャーショック。勉強になった。おまけに此処のお支払はムラタさんに甘えてしまった。ムラタさん、ありがとうございます。

また誰かが就職したり、特になにもなくても集まって美味しいものが食べられたりしたら素敵なことだなぁと思う。せっかく縁あって一ヶ月近くも共に勉強した仲だし、連絡を密に取って仲良くしていきたい。

悪癖(2008.11.22) 2009.11.20

テーマ:過去を振り返る - ジャンル:恋愛
朝、目が覚めて二週間溜め込んだゴミを棄てた後、コンビニのおにぎりをぱくつき薬を飲んで、あまりの寒さに布団に舞い戻る。もう布団から出たくなく、いけないとは思いながら灰皿を持ってきて寝煙草をしてしまう。冬の悪癖。しかしやはり危ないから、明日からはちゃんとリビングで震えながら吸おう。いやだけど。寒さとは、私にとって命を脅かす恐怖だ。

うとうととまたまどろみ、いろいろな夢を見る。自分が何処にいるのかわからなくなる。夢の中で何度も目覚めて、その度にいる部屋が違う。新居浜にいるのか、松山にいるのか、大津にいるのか、何度も夢見る夢の中にしか存在しない街にいるのか、夢の中で私はわけがわからなくなる。焦るような心地いいような浮遊感。でも私は早く目を覚ましたいので、何度も何度も起きようとトライするが、目覚めたつもりがまた夢の中で、馴染みのあるようなないような部屋の天井を見ることになる。「今度こそ」と本当に目覚めた時、古ぼけたアンティークの書棚が見えて「あぁ、私は亀岡にいるんだ」と安堵した午後三時。窓の外はもう夕暮れの気配である。

この連休中に訪ねようと思っていた下関の友人Mに電話をかけ、「合コンのせいで行けなくなった」と伝える。Mは大学時代の悪友で今妊娠九ヶ月。腹のでかいMをからかいに行こうと思ったが、過去に想いを寄せた時期があったとはいえ他の男の子を身篭った女を見るより、合コンのほうが優先するのは当たり前。Mも「残念」とは言いながら納得してくれる。Mが結婚式を挙げた下鴨神社の安産の御守を送ってやるやると言いながら、いまだ送っていない。買いに行ってもいない。この約束は多分守られない。付き合いも十三年にもなる女友達の初産に、してやれることがなにもないのが少し切ない。
Mと二人で熱海に海水浴に行ったことがある。夜、海上に打ち上げられる花火が綺麗だった。

日焼けした君と見上げる熱海の夜

と一句詠んだ。Mも何か一句ひねっていたが忘れた。しかし私好みのそういう事が出来る女だった。楽しかった。
学生時代の長い時間を一緒に過ごして、いろいろあってMに想いを寄せた時期もあったが、結ばれることはなかった。Mに断固として私は拒否された。しかしそのおかげで、今もお互い遠慮なく付き合える。男と女にも、いろいろな形があっていい。一生ものの付き合いが出来るMには感謝している。また一緒に酒が飲みたい。
妊婦姿を一度も見ていないが、次に会う時にはもう母親である。子供を見て「お前は何処から来た?」とびっくりするんだろうなぁ。

森見登美彦の『太陽の塔』を読んだので、学生時代のことを思い出したのかもしれない。西院のMの下宿にはよく遊びに行った。何があるわけでもないが、飲み、語り、泊めて貰った。Mは私の歯ぎしりに驚き「どうしたらこんな音が出るのか」としばらく観察していたらしい。狭くて可愛らしいベッドの上で、二人ともいつも夕方近くまで眠った。西向の窓から射す夕陽の中で、寝起きに化粧をする横顔を、煙草を吸いながらぼんやりと眺めた。怠惰で、掴み所がなく、しかし満たされた時間だった。アメリカに行った時に唯一土産を買ってきてやったのがMだった。ニューオーリンズで謝肉祭の仮面を買ってきた。貰っても嬉しくない土産だったろう。今でも西院近くを通ると胸がキュンとし、Mがそのあたりにいそうな気がする。いてくれたらいいのに。

いろいろな事が過ぎてゆく。悪友達もみな父親になり母親になる。また冬が来て春が来る。私は布団から抜け出せないでいる。いつまでも。

今夜の一曲は、くるりで『ハイウェイ』。なんとなく、ダラダラとしたあてどない青春の真っ只中のような歌の感じがして。もちろん、映画『ジョゼと虎と魚たち』は感涙必至の名作だったし。でもあんまり胸が痛くなるから、もう二度と観れないな。

気になる 2009.11.19

テーマ:独り言 - ジャンル:恋愛
一昨日会ったショーコちゃんのことがとっても気になる。メルアド聞いておけばよかった。生年月日もちゃんと聞いておけばよかった。どうしても彼女の事をもっともっと知りたいのだけれど、残念ながらカネがない。次いつ会えるかわからない。もどかしい。

カネづるを探しに行かないといけない。面倒だけど。霞喰って生きていくわけにはいかないし、ショーコちゃんに会うにもカネが必要だ。

愛想がよくて相槌の上手な、ショーコちゃんのことが気になる。

くだらない 2009.11.18

テーマ:生きるということ - ジャンル:ライフ
くだらないねぇ、この世の中で起きる大半のことは。(´△`)アァ-

でもくだらなくないものもある。例えば今夜出会ったショーコちゃんやサヤカちゃんとの一時。とても充実して楽しかったし、勉強になった。こういう時間がいつまでも続けばいいのに・・・って思った。

人がいい時間を過ごせるかどうかっていうのは、人生の一大事だと思うんだけど、そういう事をアナウンスしてくれる大人はびっくりするぐらい少ない。もっと人生って罪悪感なく楽しんでもいいんだ、っていうポジティブなメッセージが、この日本社会には少ない。それでは生きててもやっぱりつまんないと思う。

私は新しい価値観(本当は昔から言われている事の焼き直し)を、せっかく今2009年に生きているんだから、提示してみたいと思うし、そういうファンな感じを共有してくれる人達とつるんで有意義な時間を過ごしたい。

大事なのは、やっぱり出会いであって、そこでどう交歓するかだと思う。そこからしか文化は生まれないし、愛も生まれないと思う。
私は愛の価値を信じている旧弊な人間だから、出来るなら、通りで行き交う人達みんなと愛を交わしたいという妄想もある。
そんな事してたら頭オカシイ人間だと思われるんでセーブしてるけど。
でもたまに、セーブする意味がわからなくなる。こんな出鱈目な世の中や社会システムよりも、私の愛を優先するのが当たり前でしょう?と思ってしまうのだ。「人は食うために生きるのか、生きるために食うのか」というソクラテスの時代から問われ続けているアレだ。

人間はずっと問い続けてきた。よい人生とはなにか?私なんぞに答がわかるわけはないが、その時その時で最高の花を咲かせるということを目標にしていれば、そんなに遠回りというわけでもないのかな、と思う。

今夜出会った素敵なレディ達に伝えたいこともこんなしょうもない事なんだけど、愛想尽かさないでね、よろしく。カネはないけど、愛は売るほどありますので(笑)。

入院しなくてすみました。 2009.11.17

テーマ:双極性障害(躁鬱病) - ジャンル:心と身体
大変お騒がせして申し訳ありませんでした。
此処をご覧になっている皆様にはご心配をおかけしましたが、今朝京大病院の精神科の医師に意見を伺ったところ、今の私の現状ではECT治療を行った場合のデメリットのほうが大きい、現在の通院・投薬治療を続けていくのが無難なのではないか、ということでした。

ちょっと父親に振り回された感のあったここ数日でしたが、これでやっと落ち着くことが出来ます。やっぱり正直入院するのは嫌でしたので。

映画村に遊ぶ 2009.11.16

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報
近年映画鑑賞が趣味の父親と一緒に、中学校の修学旅行以来となる東映太秦映画村へ。秋の観光シーズンを迎えた京都、映画村も大変な賑い。中学校の時に訪れた記憶はほとんどなかったが、いろんな見せ物があって、かなり楽しめた。写真は花魁道中のワンシーン。
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また訪れてもいいと思う、近場の観光スポットだった。いい秋の一日であった。

父親をJR花園駅まで送る。今年の夏に定年を迎えた父親、今も嘱託で働いてくれている。出張の多い大変な仕事だ。去年の秋は前立腺癌の手術をして気を揉んだが、無事手術も成功し元気になってくれている。私も元気にならねばな。

入院するかもわかりません 2009.11.14

テーマ:双極性障害(躁鬱病) - ジャンル:心と身体
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今日庵に遊びに来た父親の薦めがあり、ECT(電気けいれん療法)というのを受けるため、近々京大病院に入院することになるかもわかりません。期間は約一月半程度ということです。長く心配をかけてきた親が調べてきてくれたという思いもあるし、いつまでも鬱に振り回される人生とオサラバしたいという気持ちもあるしで、明日にでも病院に問い合わせようかと思っています。

そういうことですので、入院という運びになりましたら、「じじばばDOS」の忘年会を玄耕庵で開催することは出来なくなるかと思います。皆様にはご迷惑をおかけしますが、私の一生の大事ゆえご容赦頂けますようお願い申し上げます。

初めての入院で、しかも精神科というのはかなり抵抗はありますが、なかなかスッキリと治らないこの病に少しでも希望の光が見出だせるのであれば、と思っています。

今夜はNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』特番を見ました。正岡子規はやっぱり好きですね。子規のような仕事が残せたらなぁと思います。そのためにも鬱などさっさとケリをつけねば。

鮨屋で鮨を注文しない初めての夜 2009.11.13

2週間に一度の通院日。いつ行ってもしっかり2時間は待たされるので、結構な苦痛である。辺見庸の『もの食う人びと』を再読しながら、テレビの音がうるさい待合室で延々と待つ。しかし精神科の待合室でテレビの音がガンガンというのもどうなのだろう?この8月からテレビが設置されたのだと思うが、以前は静かな音楽が流れるくらいで良かったのに、誰か患者が「テレビくらい置け」とでも言ったのだろうか?確かになにもなくて2時間待つのは辛い。私も今は読書が出来る状態だからいいが、そんな意欲もない時はボケーッとテレビに流れる映像を眺めているほうが、待ち時間を短く感じることが出来るかもしれないし・・・。

やっと診察室に入ることが許され、主治医と話す。「介護の実習はどうだった?」と訊かれたので、「大変でした」と答える。主治医に「そうだろう。私もまだ介護保険が導入される前に、アルツハイマーの患者を往診と訪問看護で診ていたことがあるけれど、大変だった。特に家族へのフォローが大変だった。介護の仕事というのは、利用者本人だけではなく、その家族を助ける仕事でもある。ああいう施設がなかったら、老老介護で心中事件がもっと増えていただろう。そういう悲惨な事件を減らすための仕事でもあるということを自覚しなさい」と言われる。またいろいろと考えさせられる。

薬の処方はいつもと変わらず。
(毎食後)
ルボックス50mg×3
炭酸リチウム200mg×3
アモキサン25mg×3
(朝・夕食後)
ドグマチール100mg×2
(寝る前)
アモバン7.5mg
ヒベルナ5mg×2
トリプタノール25mg
マイスリー10mg

夕方、久しぶりにおばあちゃんが顔を見せてくれたので、一緒に「鮨処 さくら」へ行く。
昨日やっとホームヘルパー関係の書類を書いて郵送し終えたので、やっと一区切りついたような気にもなっていたし、美味いものが喰いたかった。おばあちゃんに甘えて、好きなものをいろいろと食べる。
「朝日山」をぬる燗で頂きながら、まず頼んだのは大将のこの日おススメのしめサバ。関西のきずしはもっと酢がキツイらしいのだが、このしめサバはちょうどいい具合にしめてあって、脂ものっていて大ぶりで、大層美味い。サバって美味いなぁ。酒がすすむ。
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続いては私の大好物、牡蠣酢。チラホラ寒くなってくると、牡蠣が喰いたくなる。酒がすすむ。
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今日サービスで出たのは、小アジの味醂干。この11月で10周年を迎えたというこの店、開店当時は「江戸前」にこだわって、鮨と刺身しか出していなかったそう。それを客層や土地柄に合わせた形態を模索するうちに、「江戸前」では邪道とされる煮魚や焼き魚も供するようになったそう。私は美味いものが喰えればそれで満足なのだが、やっぱりスタイルというのも大事なんだろうなと思う。今の「さくら」のスタイルは私は大好きなので、こういう味醂干なども出して貰えて有難かったりする。酒がすすむ。
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カウンターの中の甘海老があんまり美味しそうだったので、刺身で貰う。醤油につけて頭の味噌まで啜って喰う、ズズズッ。甘くてたまらなく美味い。この甘海老の赤と大葉の緑がとても綺麗だと言うと、大将曰く「照明がやっぱりなかなか難しい」とのこと。天井を見上げると3種類の照明を使って明りが設計してある。鮨屋で照明まで考えて喰ったことがなかったので、軽いショックを受ける。そうだよなぁ、そこまで考えて料理を出してくれるから、美味いんだよなぁ・・・酒がすすむ。
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「もう今日は贅沢にいっちゃおう」とシメにフグのたたきを頂く。残念ながらフグはおばあちゃんの歯には合わなかったみたい。しかし私はがっつりフグの旨味を頂く。最後に頼んだお銚子で、都合4本は飲んだだろうか。だいぶ酔いも回ってきていい気分。今日もいろいろと大将に勉強させて頂いた。鮨は勿論天下一品だが、大将の話もいつも面白い。いいオトナになるための必修課程のような気もする。自分のカネで思う存分喰えるようになったらいいんだけどなぁ・・・。
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すっかり酒に酔って、鮨はおばあちゃんが頼んだのをいくらかつまんだだけだった。自分では鮨をオーダーしなかった初めての夜になった。なんとなくオトナになった気分である。

まだ夜は早いが、酔っ払って寝床に潜り込む。幸せ。酔っ払うと誰かれなく電話をかけてしまうのが私の悪い癖。最近介護関係の資格を取ったというイズミちゃんに電話をかけてみる。聞くと「介護職員基礎研修」を修めたそう。やるなぁ、イズミちゃん、上級資格じゃないですか。もう老人保健施設で働き始めているそうなのだが、「まだ介護で喰っていく覚悟が出来てない」と言う私に「老人保健施設かデイサービスがおススメ」と言ってくれる。うん、考えてみます。そろそろ動き始めないとな。

今日の一曲は、私とは切っても切れない関係の双極性障害の基本治療薬「炭酸リチウム」にちなんで、90年代ロックの巨星、ニルヴァーナの『リチウム』。この不安を爆発させるような曲調が、若い私の将来への不安とあいまって、よく聴いていた。ボーカルのカート・コべインが自殺した時はかなりショックだった。天才とは早く死ななければならないものなのかと、鬱な自分を引きづり引きづり生きていた私は、目の前が閉ざされる思いがした。私にとってはロックも重要な祈りであったのに・・・。

ディベートとは信用するに足るものなのか? 2009.11.11

「(賛否両論方式のディベートは)民主的で、摩擦がなく、道理にかなった、いんちきなのだ。
やり方はまちがっていなくても、人間的には卑怯ということがある。」(辺見庸『記憶と沈黙』より)

近頃、就寝前の読書はまた辺見庸の著作を再読している。昨夜読んでいて気になったのが、上に挙げた文章だ。「ディベートはいんちき」、これは大学時代から思っていた。

大学に入学した'95年、我が学部の目玉授業のひとつが「ディベート」だった。様々なテーマを挙げて、それに対してイエス班とノー班に別れてディベートするのだが、私に課せられたテーマは「自衛隊が国連平和維持軍に参加して、海外で発砲行為を行うことを是とする」というものだった。ハタチの私は悩んだ。それまでの人生で軍事力を是とする思想を持ったことがなかったし、当時遠距離恋愛中だったヨーコさんが、何をトチ狂ったか「自衛隊に入る」などと言い出していたからだ。ディベート本番まで2週間ほどの準備期間があったと思うが、私は何とか己の思想を「軍事力OK」の立場にしようと模索したのだが、上手くいくはずもなかった。今までの考え方を2週間やそこらで変更出来るほど私の頭は柔らかくなかったし、ヨーコさんを人殺しにするわけにもいかなかった。二進も三進もいかなくなった私は、結局ディベート本番の授業を欠席した。己の信念に賭けて、やはり自衛隊の海外出兵など認めるわけにはいかなかったし、それに与するような言をいささかでも口にすることを拒否したのである。もちろんそれに対する教授の評価は最悪であった。周りの仲間達は「そこまで考える必要はない。ディベートなんて所詮ゲームだ」と言ってくれたが、私にとってはゲームでなどありえなかった。己の存在を賭けて、己の信念に反することはしたくないという、青臭いといえばあまりに青臭い学生だったのである。

時代が下って今日、ディベートはもう当たり前の論戦形式となってこの国に根付いた。これが正・反・合の弁証法的解決策を見出すための方策として用いるのなら、私もディベートの有効性を認めることが出来るが、だいたいにおいては互いに自己の主張が正しいことを立証することのみを目的としている。そんなに簡単に社会現象が、正義の問題が、二分出来るものか、と私は苦々しい気分になる。ディベート万能社会にうんざりである。最近は就職面接でもディベートを導入する企業が多いという。口舌の徒ばかり増やして一体この社会が良くなるとでもいうのか?ディベートに長けた輩にかぎって、人間が薄っぺらく感じるのは私の僻みだけが問題だろうか?選挙もカネ儲けも勝ち馬に乗り、弱者には「自己責任論」を押し付ける輩が、新自由主義を推し進め、この国をこんなにまで疲弊させたのではなかったか?今一度よく考えるべきだと思う。

「やり方はまちがっていなくても、人間的には卑怯ということがある。」
この辺見の言葉を胸に刻んでおきたい。やはり出来る事なら、卑怯な事はせずに生きていきたいから。

今日の一曲は、私のケータイの着メロでもある、ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』。

Once upon a time you dressed so fine
前はきれいに着飾って
You threw the bums a dime in your prime, didn't you?
とりまきに小遣いめぐんで やってたろ
People'd call, say, beware doll, you're bound to fall
みんなが言う 気をつけなって すぐ落ち目って
You thought they were all kiddin' you
そんなの冗談 ばっかりと
You used to laugh about
笑い飛ばしていたよな
Everybody that was hangin' out
まわりでたかる連中を
Now you don't talk so loud
今じゃもう声も出やしねえ
Now you don't seem so proud
今じゃプライドもありゃしねえ
About having to be scrounging for your next meal.
今夜のめしが食いたくて金をせびる
How does it feel
気分はどうだい
How does it feel
気分はどうだい
To be without a home
帰る家もなく
Like a complete unknown
だれも見向きもしない
Like a rolling stone?
転げ落ちてく石さ

You've gone to the finest school all right, miss lonely
名門学校出のお嬢さん 世間を知らずに
But you know you only used to get juiced in it
ただ甘やかされ 育ったろ
And nobody has ever taught you how to live on the street
And now your'e gonna have to get used to it
今は自分で 見つけなきゃ
You said you'd never compromise
自分を曲げたくないだって
With the mystery tramp, but now you realize
あんなごろつきのために でもわかったろ
He's not selling any alibis
そんな言い訳は奴にはきかない
As you stare into the vacuum of his eyes
あんたは奴のうつろな目をのぞきこんで
And ask him do you want to make a deal?
取引するんだ これで何とかしてって
How does it feel
気分はどうだい
How does it feel
気分はどうだい
To be on your own
ひとりっきりで
With no direction home
帰る家もなく
Like a complete unknown
誰一人見向きもしない
Like a rolling stone?
転げ落ちてく石さ

You never turned around to see the frowns
あんたを騙そうと 道化たちが
on the jugglers and the clowns When they all did tricks for you
近づいてきたのに ただ笑って 見てたろう
You never understood that it aint no good
それが悪いなんて 気づきもしなかった
You shouldn't let other people get your kicks for you
簡単に人を 信じてしまう
You used to ride on the chrome horse with your diplomat
ピカピカのバイクに乗ってたよな
Who carried on his shoulder a siamese cat
肩にシャムネコを乗せたおしゃべりといっしょに
Ain't it hard when you discover that
身にしみてわかったろう あいつの正体が
He really wasn't where it's at
あいつはお前の味方なんかじゃない
After he took from you everything he could steal.
持ってるもの全部ねこそぎ 盗まれちまったろう

How does it feel
気分はどうだい
How does it feel
気分はどうだい
To be on your own
ひとりっきりで
With no direction home
帰る家もなく
Like a complete unknown
誰一人見向きもしない
Like a rolling stone?
転げ落ちてく石さ

Princess on the steeple and all the pretty people
お城の奥のお姫様よ とりまきは酒飲んで
They're drinkin', thinkin' that they got it made
してやったりって 顔をしてるぜ
Exchanging all kinds of precious gifts
自分の大事なダイヤモンドは
But you'd better take your diamond ring, you'd better pawn it babe
根こそぎ持っていかれる前に 質に入れとけよ
You used to be so amused
あんたは面白がってたろ
At napoleon in rags and the language that he used
ボロ着たナポレオン様の言うことを
Go to him now, he calls you, you cant refuse
さあ行けよ あいつが呼んでる 断れねえぜ
When you got nothing, you got nothing to lose
何も持ってなきゃ  失くすものもねえ
You're invisible now, you got no secrets to conceal.
あんたは姿さえないんだ 隠す秘密さえないんだ

How does it feel
気分はどうだい
How does it feel
気分はどうだい
To be on your own
ひとりっきりで
With no direction home
帰る家もなく
Like a complete unknown
誰一人見向きもしない
Like a rolling stone?
転げ落ちてく石さ

ロックカフェ構想 2009.11.09

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽
大学2年の時、研究入門フォーラムという週に1度のプレ・ゼミのような授業があって、経営学の教授の下につきそこで新規事業の構想を練るといった一年間を過ごした。私が属したのは多分男7人のメンバーだったと思うが、ロクなアイディアが浮かばず苦労した。
'96年当時はまだインターネットも高速回線じゃなかったし、ネットカフェも存在していなかった。音楽好きの私達は、レコード・ショップの試聴機に目をつけて、試聴機をたくさん備えたカフェのようなものをアイディアとして事業を考えることにした。1時間いくらで試聴機で好きな曲を各個人客に聴いて貰って楽しんで貰うというコンセプトだった。まあジャズ喫茶やロック喫茶の90年代版をやろうとしていたわけだ。膨大な数のCDを揃えなければいけないということだけでも、ワクワクした。当時私はブルーノート・レーベルのCDをナンバー順に買い集めていた頃で、『音の書斎--あなたのレコード棚見せてください』なんていうレコード・コレクター向けの本を買ったり、また『ロック・クラシック厳選500枚』という本を買ったり、エリック・クラプトンの半生記を綴った本を貪り読んだりしていた。事業向けの莫大な資金でもって、音楽をかき集めるというアイディアだけでも若い胸は踊った。ジャズ、ロック、レゲエ、ブルーズ・・・なんでも揃えておかなければ事業として成立しない。
プランの提出期限も迫ってきて、セミナーハウスに泊まり込んで議論するのだが、夜も更けてくると、結局のところはメンバーそれぞれの音楽についての思い入れの吐露ばかりになる。親友のシンタローも同じグループだったのだが、彼と二人でホワイトボードにロック史をツリー状に書き込んで得意になったりしていた。まあアホな男子学生達の平和な日常であったのである。
しかし今になって思えば、ネットカフェで私達の妄想は具現化されているし、大勢で聴くのではなく個人で楽しむという点では、あながち時代を見通せていなかったわけでもなかったのだな、と思ったりする。しかし当時はYouTubeの登場なんてまったく想像出来なかった。いい時代になったものである。

昨日『パイレーツ・ロック』を観たおかげで、こんな昔のことを思い出した。当時は本当に音楽を8時間くらいは余裕でぶっ続けで聴くことが出来た。集中力と体力があったのだろう。今は駄目だ。シンタローが暮らすマンションに遊びに行っては、話をするでもなく、ずーっとステレオから流れるロックやブルーズの名曲を聴いていた。たまに発するのは「いいねぇ〜♪」という言葉くらいで、あとは延々と酒を飲み、タバコを吸いながら、数多の名曲に耳を傾けていた。汗も色気もなく無為な時間だったが、とても満ち足りていた。その頃に聴いた曲を聴くと、今でも胸がキュンとする。

夢があった。希望があった。そしてどこまでも自由だった。そんな時代を彩ってくれた名曲達に今日も感謝。
そんな本日の一曲は、大好きなザ・バンドの『ザ・ウェイト』。映画『イージー・ライダー』の劇中に流れるこの曲、アサヒビール吹田工場に勤めていた頃の出勤前のテーマ曲だった。ハチャメチャでもいいから自由になりたかったのだ。どこまでもバイクを飛ばして流れていきたかった。そして結局礼文島まで流れてしまったりもした。28歳、自由の代償を知った。それは思っていたよりもかなり苦いものだった。社会の掟は想像よりも結構ヘビーだった。今でもその代償を払い続けている気もする。
自由を渇望はしなくなったかもしれない。これが年を取ったということかもしれない。でも、本音を言えば、やっぱり愛と自由と平和が一番だと、今でも思っている。

パイレーツ・ロック! 2009.11.09

テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画
日曜日の昼過ぎ、民孝さんから電話あり。昨日も一緒に飲んだのに、また今日も遊びに誘ってくれる。いいヤツだなぁ。
今日は彼が前売券まで買っているという映画、『パイレーツ・ロック』を観に行かないかとのお誘い。「カネがない」というと、映画をおごってくれるという。いいヤツだ。上映は18時からだというので、それまでドライブでもすることにする。ダラダラとジャージに雪駄履きで車のエンジンに火を入れる。

車を民孝さんの自宅近くまで走らせる。初めて行くのだが、そこはもう大原へ抜ける道に入った三宅八幡というところで、「なんなら琵琶湖行っちゃいますか」ということで一路琵琶湖へ。この八瀬から大原、途中を抜けて琵琶湖へ向かうルートは、私が琵琶湖を訪れる時のメイン・ルートだ。
琵琶湖大橋を渡り、さざなみ街道沿いの公園で一休み。天気も良くて最高の日曜日である。ゴムボートが静かに琵琶湖を渡ってくる。ああいう遊びが本当はしたいのだけれど、大津に住んでいた3年間を含めても、一度しか琵琶湖の湖上で遊んだことがない。無免許で乗り回したジェットスキーがたまらなく楽しかったので、船舶免許を取ろうと思っていた時期もあったのだが、結局やれずじまい。
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お決まりの座禅、今日は琵琶湖に向かって。穏やかな水面に太陽が照り映えている。何もないということは、素晴らしいことである。ここで昔琵琶湖沿いをドライブしながら作った詩をひとつ。

「なにもない」(2004.12.01)

晴れ上がった空 色めく木々達 きらめく水面 ハンドルを握るきみ
たりないものなんて なにもない なにもない

古めかしい宿 獲れたての魚 ご自慢の地酒 少し酔ったきみ
たりないものなんて なにもない なにもない

降水確率0% 弧を描くトンビ ゴキゲンな音楽 止まったままの観覧車
たりないものなんて なにもない なにもない

きみはどうだか しれないけれど 
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さざなみ街道は近江大橋手前からいつも渋滞するのだが、天気のいい日曜日の今日もやはり渋滞。運転が面倒臭くなって途中で民孝さんに替わってもらう。

やっと国道1号線に乗れて京都へ向かって走っていると、新しく出来た「天下一品」の店舗を発見。「ひさしぶりに天下一品のこってりラーメンいっときますか」と立ち寄ることに。私はこってりの大盛り、ネギ大盛り、ニンニク入り、そして細麺でオーダーする。この細麺を選択できるというのを今日知ったが、博多ラーメンの細麺ほどではないし、コシもなく、なんとなく中途半端な感じ。スープは相変わらずのこってりで、食べ始めた時は「やっぱりちょっとキツイかな」と思ったが、結局全部完食。支払い時に民孝さんが100円割引のクーポンを使ってくれたので安く食べられた。いいヤツである。
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TOHOシネマズ二条へ。今日はプレミアスクリーンという、今まで入ったことのないシアターに通される。待合室を備え、席もひとつひとつがゆったり作ってありリクライニングまで付いている、セレブな感じのシアターである。
今日の映画『パイレーツ・ロック』はまったく予備知識がなかったのだが、かなり楽しめた。以下概要抜粋。
「ビートルズやローリング・ストーンズが人気を博し、ブリティッシュ・ロックが全盛期を迎えた1966年のイギリス。領海外に停泊した船からロックを24時間流し続け、人々に熱狂的に支持された「海賊ラジオ局」を舞台に、ポップ・ミュージックに情熱と愛情を注ぐDJたちと、彼らとともに暮らす人々を描いた群像劇。」
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ロック史を自主的に勉強?していた高校・専門学校・大学時代のことが思い出され、久しぶりに青春の素晴らしさ・ひたむきさを思い出させてくれる一本だった。時代を超えた名曲揃いの選曲が素晴らしい。やっぱりロックもいいもんですね。
というわけで、今日の1曲目は劇中でも流れた、私の中のロックの中のロック、ザ・フーで『マイ・ジェネレーション』。しかしザ・フーのCDもヴィデオも結構買い集めたはずなのに、今はCD1枚しか手元にない。一体何処へ消えてしまったのか?

映画を観終わって民孝さんを送りに行く。「ちょっと珈琲でも飲んで行きませんか?」と言うので、最近の民孝さん行きつけのカフェ、一乗寺にある「インキョカフェ」へ。
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店はすっかりバー・タイムで、みんな美味そうに酒を飲んでいる。車だし止めとこうかなとも思ったのだが、ロックな映画を観た後にそんな自重はカッコ悪いでしょ、てことで、バス・ペールエールを飲んでしまう。おまけに牡蠣のスモークをつまみに、マッカランの12年もロックで頂いてしまう。「みんな、ルール破ってるかい?」との映画の中の海賊ロックのDJの呼びかけに応じるように、酒をあおる。イッツ・ロッケンロール!ダメとわかっていて飲む酒の美味いこと!
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「インキョカフェ」の40歳の店主と濃い音楽話に花を咲かせる。しかし何でもよく知っている人である。私はもう今更音楽にどっぷり浸かることはないだろうが、先刻観た映画といい、店主との会話といい、なかなかに濃い一日であった。

本日の2曲目は、劇中で海賊ラジオ局として使っていた船が沈没する直前に、ラジオ局最後の曲として放送した、プロコル・ハルムの『青い影』。この曲も大好きである。たまらなく切なくなるけれど。あぁ〜青春だなぁ。二度とは帰ってこない青春!若いうちにもっとロックなことをやりまくっておけばよかったぜ、といくばくの後悔もありながら、深夜の国道9号線を玄耕庵へと車を走らせる。車のラジオからは、今夜もDJ達の思い思いの曲が、若い見知らぬ男女の元へと届けられている。眠れない夜は、ラジオにかじりついて、遠く過ぎ去った昔を思い出すのもいいかもしれない。そんなことを思った民孝さんとのデートであった。

ホームヘルパー2級全課程修了 2009.11.08

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介護実習も無事終わり、これで全課程を修了したことになる。後はレポートを書いて郵送すれば終わり。約1ヶ月間の学生生活だったが、無事乗り切れたことに安堵する。

二日間に渡った特別養護老人ホームの実習では、いろいろと考えさせられることが多く、肉体的によりも精神的にキツかった。しかしやっぱり情が移ってしまった利用者さんも何人かいて、もう会えなくなるのは淋しいと感じた。ある利用者さんに「会うは別れの始まり」と言われて、ホントそうだなぁ、と思った。「素楽先生、素楽先生」と言って懐いてくれたお婆さん達には感謝しかない。しかし利用者さんの人生に直接関わる介護という仕事は、やっぱり大変だ。これを仕事にするかどうかは、もう少し熟考したいと思う。なにしろ大変な上に給料が安いしね。

さて、小さく打ち上げやっときますか、ということで民孝さんと待ち合わせ、我がホームグラウンド、リド飲食街は「じじばばDOS」。マスターのシンゴに修了したことを報告すると「ほんならもう就職やな」と言われて、まだ介護でメシを喰う覚悟が出来てない私はちょっと複雑な気分。しかしみんなで生ビールで乾杯してくれる。

ぼちぼち飲んでいると、隣にスペインからの旅行客3人組が。拙い英語で楽しく会話を交わしながら、「痴呆老人の相手もすれば、外国人旅行客の相手もするオレって素敵」と心の中で自画自賛。
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この夜は、ワインは「アップルツリー(オーストラリア)」、「エグリ・ビカベール(ハンガリー)」、「マルケス・デ・リスカル・ティント・レゼルヴァ(スペイン)」。フードはイベリコ豚の生ハムとチョリソーの盛合せ、ベーコン・ステーキ、裏メニューのホルモンパスタ。半年ぶりに喰うホルモンパスタはやっぱり美味だった。しかし肉ばかり食べて、体にはだいぶ悪そうである。

ほろ酔いで2軒目、1年ぶりくらいで訪れるカラオケパブ「リベラ」。ママに無沙汰の非礼を詫び、ジントニックを頂く。歌ったのは2曲。「Love Love Love」「瞳を閉じて」ともに平井堅。ママから「素楽ちゃん歌上手かったのにな〜」と残念なコメントを頂く。やっぱり歌も歌いつけてないと下手になるんやなぁ。ガックシ。

京都駅にはもう大きなクリスマス・ツリーが飾り付けられている。クリスマス・ソングのBGMが流れる大階段にはたくさんの人。みんな幸せそうだ、いいなぁ。私も早く彼女を見つけたいなぁ。
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今日の一曲は坂本龍一『戦場のメリークリスマス』。みんなが幸せになれる世の中って、一体いつになったら訪れるんだろう。私が生きているうちには無理なのだろうけれど・・・。

うぐぅ 2009.11.06

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多数の痴呆老人達の相手を一日中して、とりあえず頭の中グチャグチャです。やっぱり介護は大変なビジネスだったと、今更ながら資格取得に向けて動いたことを後悔しています。正直しんどい。頭の中であのババアやこのババアの顔がチラチラして気分が悪いです。薬飲んでおとなしく寝ます。

今夜の一曲は16年前のナンバー、佐野元春で『君を連れてゆく』。
当時19歳の私は新百合ヶ丘の四畳半の古ぼけたアパートで、今は亡きパイオニアのステレオで、この歌を噛みしめるように聴いていたのでした。街を通り抜ける風も冷たい、一人暮らしの秋の夜のことでした。片手には安ウィスキーの瓶、もう片手にはラッキーストライク。希望なんて何処を探してもないと思っていた、洟タレで自意識ばかりが過剰な若造。93年当時はそんな若者、腐るほどいました。09年の今はどうだか知らない。
さあ35歳になった今、この歌のように家も車もバイクもカネも失くしてしまいましたが、一体誰を連れていこう?誰がついてきてくれるんだろう?と自問自答する毎日です。佐野元春がいなかったら、僕は30歳までに死んでしまっていたかもしれない。それがよかったか悪かったかはわからないけれど・・・。でもとりあえず、あの時はあれほど辛いと思っていた若い時が、今となっては甘い思い出になるのだから、今の辛いこともいずれは懐かしく思い出せる日が来ることを、それだけを希望の杖として、歩んでいかざるをえないのだろうな、と思います。元春だってそうやって29年歌ってきたはずさ、と嘯きながら。今夜だけ、今夜だけは元春に元気を貰って、穏やかに眠りにつきたいと思います。

『君を連れてゆく』

家を失くしてしまった
お金を失くしてしまった
暇を失くしてしまった
少しだけ賢くなった

昨日のこと
昔の仲間を連れ出して
久しぶりに
夜明けまでさわぎ散らかした

丘を越えて
小さな森の入り口
君が愛してると伝えてくれた
昔のままの印が今でも残ってる

重い荷物を捨てて
遅すぎることはない
光の中の波のように
二人の力をあわせて
これからは
新しいルールを作るのさ

愛をやり直し
仕事もやり直し
君を連れてゆきたい
ついてきてくれるね
お願いさ
・・・・・・・・・・・・・・
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